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イスラム国に誘拐された後藤健二さんの母親、石堂順子さんのコメントについて

非常に、現状を考えさせられるコメントをしていましたので、一人でも多くの人に読んでもらいたいので、掲載します。
母親がこういう思いであることを、ぜひ、同じ今を生きる人々に読んで頂けたらと思います。
うまく言えませんが、ほんとうに、立派な、勇気のある方だと思います。

そして、どうすればこの問題の解決に繋がるかを、自分の問題として真剣に考えて頂きたいです。
後藤健二さんが無事で帰ること、それをきっかけにみんなが平和を大事にしていくことを切に願います。

日本人、イスラム圏の人々がこの問題を真剣に考え、発信するのであれば、長年のこの問題の解決に繋がるのではないでしょうか。これを読んだみなさんも、積極的に発信して頂けるとありがたいです。

後藤健二さんの母親 石堂順子さん 日本外国特派員協会記者会見 全文より

イスラム国(ISIS)に拘束されているジャーナリスト・後藤健二氏の母親である石堂順子氏が、1月23日に日本外国特派員協会で記者会見を開きました。石堂氏はイスラム国へのメッセージを求める記者の質問に対し、「私の粗末な命を提出する」「地球のために力を合わせて頑張ります」などと、その胸中を語りました。(イスラム国拘束・後藤健二氏の実母 石堂順子氏 記者会見 主催:日本外国特派員協会 より)
健二はイスラム国の敵ではない

記者:おはようございます。インドネシアの新聞の記者です。今の状態ですが、お母さんから、締め切りはだいたい日本時間14時頃と言われていますけど、何を考えておられますでしょうか? 何か、ISIS(イスラム国)に対してメッセージがあるかどうか教えてください。

石堂順子氏(以下、石堂):あの、イスラムの方々も私共と一緒に地球の平和を考えて、すばらしい地球がつくれるのであれば、私の命などはどうなってもよろしゅうございますので。それと私はあまり良い頭を持っていませんので、ぜひ皆様方からお知恵をいただければ本当に嬉しいと思います。

そして、イスラム国の皆さんに申し上げます。健二はイスラム国の敵ではありません。釈放を願って、そしてイスラムへ単身で渡った子です。イスラムの国と一緒に、恨みつらみはやめて、いい地球をつくっていただければ、ここにお集まりの皆様も、全員の方々がそのような願いであると私は信じています。

お忙しい中を本当に、このような席をつくっていただいで、ありがとうございます。私の命で代えることがあるのであれば。私は自分の命を提出することに何の抵抗も感じませんので、ぜひ健二は正義感の強い子どもですから。

釈放していただきましたら、もしそういう良い結果が出ましたら、きっと地球のためにも、子どもたちのためにも未来のためにも、尽くしていける子どもだと思います。どうぞ、健二はイスラム国の敵ではなく、お友達です。自分の2週間しかたっていない子どもを置いてまでも、イスラムへ渡った人間です

日本は随一の被爆国ですが(※発言のまま)、被曝のあともその地球は燦々たるものでした。こういったものは私の命と代えるのであれば、私の命などというものは粗末なものでございますので、悔いはいたしません。地球を大切にしていただきたい、私はそれだけを願っています。

出発前に息子から連絡はなかった

記者:非常にお辛いお気持ちのなかで、今日はご出席いただきまして誠にありがとうございます。恐縮でございますが一番最近、健二さんと連絡を取られたのはいつ頃でございますか? 日本の一部の報道によりますと、イスラム国という組織が直接お母様に連絡されたという報道がございますが、それは事実でございますでしょうか?

石原:健二は大変、親思いの子どもでございましたので、行く前には私のところに連絡はございませんでした。それはやはり、1つは心配をさせたくなかったこと、もう1つは自分の同胞が捕らえられている、そこへ行くということは反対されるという思いだったのだと思います。

でも私はそういうことに対して、反対する親ではございませんので、今日もですね、私の知人、親戚から非常にこの場所に電話をもらっております。なぜ、この会を出席するのか。それをやめろという通知でした。

私はここに集まってくださっていらっしゃいます方々は全て、お一人でも、私と同じ考えを持っていると思うのです。自分だけの利己的な幸せ、そういうことではなく、世界中の方たちが生活しているこの地球を守ること。そういったことを願っていると思いますので、そういったお話は全部断ってまいりました。

それから日本は、私の父は軍人です。朝鮮とかそういうところの、今ちょっと言葉が出ないのですが、かなりのトップだったと思います。それで私にはいつも軍用車と、それから三角形のひらひらする旗のある自動車で送られていました。

しかし今は、私共は、ただ今はですね、写真を見ますと、そのときに私のおじいちゃんなるもの、教育者なのですが、その人が本当に自分の姿で草履履きをはいて、私の朝鮮の馬山(マサン)の宿舎へ訪ねてきた。

私はつい最近まで、「おじいちゃんなぜそんな格好で朝鮮へ来てくれたの?」「恥ずかしいじゃない」というような思いをしたことがありました。しかし最近わかったことは、ちゃんとした格好をしてくれば、家族とかまわりの人々に反対されたんだと思います。それで一目、息子に会いたかった、その一心で海峡を渡ってきたと思うんです。

私もそういう切ない親の気持ち、そういうのが現在は非常によくわかると同時に、すべての地球上に住んでいるお母さま方、どういう気持ちでいらっしゃいますか。一生懸命母の手で育てて、そして戦争にやる。こういうことを少しでも考える方はいないと思うんです。戦争はやめていただきたい。美味しい白米から麦ごはんに変えたとしても、それは母たちの喜びだと思うのです。

どうぞ、皆様のお力で健二の命を救ってください。ただ、私は自分の子どものことだけを言っているわけではないのです。

子どもは、ユニセフとかそういった子どもたちのことを非常に考えておりましたので、今度命あって代えるならば、日本のみならず、世界中をまわって、やはり次世代を担う子どもたちの教育にも携わっていただきたい。そして、原子力のない国をつくっていただきたい。そんな言葉をかけてやりたいと思います。我が身を捨てることですね、つまり。

私たちは会って話をすれば分かり合える地球人

記者:イタリアの記者でございます。日本政府に何かメッセージ、お願いなどございますでしょうか? つまり例えば、できるだけ柔軟な体制をとっていただきたい、などというお気持ちはございますでしょうか?

私の国、イタリアは最近、身代金を払いました。数人のイタリア人女性がシリアで拉致されておりましたので、それを解放してもらうためにです。これはイスラム国という同じ団体ではないんですが、身代金を払ったのでございます。

つまり、たとえば日本政府に、国によっては柔軟な、強固ではない態度をとるとこもありますよ、とお話をされますでしょうか? そういうようなメッセージを日本政府に出しますでしょうか?

石堂:今のお話は生意気かもしれませんが、健二のしたことはつまらないことと言われるかもしれません。しかし、産まれて2週間も満たない赤子をおきながら、同胞、日本人の方の救出に向かったんです。

ぜひとも、そういう優しい気持ちで行ったのではなく、もっとイスラムに対しても違う感情があったと思います。それはなぜかと申しますと 捨て身でいったのでございますね。ということはやはり、イスラムの国、そういうことにもあって、お話をすれば分かり合える地球人たちだと判断したからだと思います。

どうぞイスラムの方々も、日本人はみんな好意的に接していると思います。私もこんなことをこんな場所でお話をさせていただきまして。これほど海外のジャーナリストの方が、捨て身で息子のためにやってくださっています。

そこから想像するならば、きっとイスラム国の中でもそういう方はいっぱいいらっしゃると思います。そのときはぜひ、日本に申し出てください。日本国もこのたび、後藤健二のこういった行為のためにお力を貸してくださったお国だと思えば、そう思えなくても日本は第二次世界大戦というものを体験しております。

子どもが泣き叫び、体中の皮が向けて、そんな被災した、無条件降伏をした国です。わからないことがないではありませんか。

私の命と、この地球を守ることの取り替えがきくならば、私はこの身を捧げても、やはりきれいな地球をつくっていきたい。子どもたちの未来を、すばらしい教育者を育てながら、そして平和を考えて、育つならば、やっぱり子どもも喧嘩が好きな子どもではなく、平和な心の子どもも育つのではないかと思います。

後藤健二氏が得意だったこと

記者:フランスのラジオ、またテレビ関係のジャーナリストでございます。やはり母親の涙というものは、見ている人たちは心が裂けるような気持ちになるようなものだと思います。

イスラム教の信者は女性を尊重、尊敬していると言われているわけでございます。わたしたちの国フランスでは自分たちの考えを、デモなどを通じまして一生懸命あらわしているわけでございます。

今日は非常に特別な機会でございますので、色々なペーパーをご用意されたと思いますが、そうではなく、母親の涙というのは最も強い武器でもあると思いますので、お母様の心のなかにある最も正直なお言葉を、今息子を拉致しているイスラム国の組織の方々に、なにか訴える言葉を言っていただきますでしょうか?

実際に彼を捕らえている人たちに、お母様としての言葉を述べていただけませんでしょうか?

石堂:イスラムの方々にお願い申し上げます。私どもの子どもであります後藤健二は、幼児にものを教えること、それから低学年から大学まで指導することを、最大に得意としております。

そしてイスラムのことは決して嫌いではなく、逆の人間であると思いますので、もし元気で帰ってきましたら、こういう国もイスラム国とともに歩んでいる。そして世界にはこういう科学の力を持っている国もいる。そして子どもを愛している。第一番に子どもの幸せを考えている、こちらにいらっしゃいます方々、そういう方々もいる。

そういったことを、少しはあちらの言葉を覚えてくるかもしれませんので、そういった世界平和のために身をつくし、心を整えて、学んでいく若者にしたいと思います。彼はお友達を救うために、今回のイスラム行きは、出発いたしました。健二は幼いころから本当に弱い子ども、そういった方々に優しい子でございました。

平和を望む子どもを増やしたい

記者:イギリスのThe Timesです。1977年に(ダッカ日航機)ハイジャック事件が起こりました。覚えてらっしゃると思うんですが、当時は福田首相でございましたが、彼はかなり大きな身代金を払って、人質の釈放を実現したわけでございます。

そのときに批判も、身代金を払ったことによって批判もされたんですが、福田首相が「人の命は地球より重い」と言ったと思います。やはりそのようなお言葉を、安部首相にも思い出していただきたいとお考えでしょうか?

石堂:非常にそれを願っております。と同時に、私は健二も小学校、中学校、幼稚園、大学までも教師をした人間でございますので、ぜひイスラム国で日本に勉強してみたいというお子さんがいましたら、ぜひ健二に申し付けていただければ、一級の指導をすると思います。

健二にとって、日本はイスラム教諸国の敵ではなく、友好関係の、そしてイスラムのお幸せを願っている私などよりも、そういった平和を願っているからこそ、自分の知人が捕らえられたといえば、何を置いても、2週間しか経っていない赤子を置いても、飛行機で行ってしまった子どもです。

この子どもですから、絶対イスラム国にもそのような御縁がございましたら、私も息子と一緒に全力をもって、師弟教育にあてさせていただきたいと思います。それから私の家も開放したいと思います。

世界に精神のきれいな、平和を求める子どもたちをいっぱい作っていきたい。それが私の願いでございますので、それはやはり、健二がいつも日頃、口にしていた言葉だからこそ、私の口を使って言わせているのだと思います。

イスラム国とイスラム圏は別物だと、初めて知った

記者:シリアの記者でございます。今までお母様は「イスラムの方々」というようなお話をずっとされておられますが、ご存知でしょうが、健二さまが囚われている団体というのは、イスラム国という団体なのです。イスラムの国々も、また世界の8-9割は、これは国家ではないと言っている。

そしてまた、イスラム教徒とは思えないような行動を取る団体だと非難されている。そのような団体であることはご存知でしょうか? 

つまり傭兵、お金をもらって戦闘している人たちとか、他の国では犯罪者だったり、自分の社会でもうまくいかなかった人たちが集まって、このイスラム国という組織に入っている。そういうような組織であることはご存知でしょうか? たとえば、そこの地域のいろんな諜報機関の手先である、というふうにまで非難されている。

今までは「イスラムの人々に」って話をされているんでございますが、この団体は必ずしもイスラムを代表するものではないってことをご存知だったでしょうか?

石堂:ちょっとそこまでは存じ上げておりませんでした。失礼いたしました。そのお話を聞いて、もしイスラムの方からお子さんが日本で勉強したというような方がおりましたら、私が全力をもってお守りいたします。そして私のうちでしっかりとお勉強していただくことをお約束します。

日本政府からなにか連絡はあったか?

記者:ロシア国営テレビのものです。1つだけ聞きたいと思いますけれども、この3日間で日本政府からの連絡はありましたか。

石堂:まったく、日本政府からうんぬんというようなことは全くございません。ですから今お約束すること、皆様方の国から日本を知りたい、学んでみたいというお子さんがおりましたら、日本国からは何もそういった話はございませんが、ここで私の出来る限りのことをさせていただくことを、お約束させていただきます。

地球のために力を合わせて頑張りたい

(原稿を読む)

石堂:私は日本人の石堂順子と申します。私の得意分野は子どもたちの教育と、それから医学についてです。ジャーナリストの後藤健二の実の母親でございます。多くの外国人記者の皆さんにお集まりいただき、感謝に絶えません。

日本国民、日本政府の皆さん、諸外国の皆さんに、健二が大変ご迷惑をおかけしていることに、心よりお詫び申し上げます。もう二度とこのようなことをさせないように、私も教育をしなおさなければと思っております。

私はこの3日間、ただただ悲しくて泣いているばかりでした。健二は幼い頃から、心の優しい子でした。健二はいつも、戦地の子どもたちの命を救いたい、と言っておりました。だからこそ、子どもが生まれて1週間しか経たないのに、友人を助けるために行ってしまったのです。

そして健二の報道の特色は、常に中立な立場で戦争報道をしてきたと信じております。イスラム国の皆さんに申し上げます。健二はイスラム国の敵ではありません。その反対に、よく知りえあえば、本当に色々と助け合い、人類の友としてお役にたてる人間だと思います。

日本は戦争をしないと憲法9条に誓った国です。70年間戦争をしておりません。私もこの部屋に入るとき、電話をもらいました。今日はやめるべきだと。しかし私は断りました。

皆、仲良くしたい、世界の平和を守っているからこそ、諸先生方に集まっていただけたのだと思います。ですから、私はそのまま続行させていただきます。ということで、丁寧に電話を切らせていただきました。

もう一度申し上げます。日本はイスラム諸国の敵ではなく、友好関係を保ってきた国だと信じております。それぞれの国がそれぞれの知恵とそれぞれの得意分野を持っていると思いますが、世界の皆さん、それをお互いに披露しあって、もっともっと素晴らしい地球にしていただきたいと思います。

私はそんな力は持っておりませんが、もし私にそのような場面がございましたら、一生懸命勉強して、イスラム語でも勉強してお友達になって、私の知っている知識でも一緒に学び返したいなと、そのような気持ちさえ持っております。

日本は唯一の被曝国です。アメリカによる広島と長崎への原爆投下で、数十万人がなくなりました。あと残された時間はわずかです。日本政府の皆さんも、ご自分の反省すべきところは反省し、直しながら、国民と一体になって、そしてまたイスラム諸国と一緒に育てていく。学ぶ点があるならば、そういった方に戦力よりも持って行きたいと思います。

もしも私にそのような場を与えていただくことが、これは仮定ですが、そうしたならば、私は命に代えても今までの私の経験を活かして、イスラム国のお子さんにも接していきたい、教えていきたい。そんな気持ちでおります。

健二は自分のために行ったのではない。どうぞ、そういった健二の気持ちを、それからまた健二の活躍をもう一度、健二にそういう子どもたちへのお手伝いもさせていただくように、イスラム国の皆さんにもお願いしたいと思います。

あと残された時間は、わずかです。日本政府の皆さん、健二の命を救ってください。それとともに、私はお約束申し上げます。イスラムの子どもたちが、もし日本に来て学びたいときは、私のところを宿にしてください。大喜びでお迎えします。

今日はお越しいただいて本当にありがとうございます。私がお役にたてることがございましたら、命に代えても実行したいと思っております。このお約束は必ずさせていただきますので。日本にいらっしゃる子どもたちも多くなることを願っております。

どうもありがとうございました。地球のために力を合わせて頑張ります。

(会見終了)

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去った6月29日(日)に新宿であった焼身自殺未遂について 何を訴えていたか

この方が何を主張していたかが書かれている記事がありましたので示します。

新宿駅前で焼身自殺図る 集団的自衛権反対を主張 (中日新聞)
2014年6月29日 20時18分

29日午後2時10分ごろ、東京都新宿区のJR新宿駅南口の歩行者用横断橋上で、拡声器で「集団的自衛権反対」などと主張していた男性が、自分の体に火を付け自殺を図った。病院に運ばれ、全身のやけどで1~2カ月の重傷だが、命に別条はないという。

 新宿署によると、午後1時5分ごろに「男性が橋の鉄枠に乗り、拡声器でしゃべっている。ガソリンの臭いがする」と110番があった。男性は地上約20メートルの鉄枠の上に登っており、警察官が下りるように説得したが、約1時間後、ペットボトルに入ったガソリンのような液体をかぶり、ライターで火を付けた。

 男性は50~60代でグレーの背広姿だった。同署で身元を調べている。現場は甲州街道に架かる横断橋。日曜日で多数の買い物客がおり、周囲は一時騒然となった。

 近くにいた大学生新開鴻起さん(21)によると、男性は鉄枠の上にあぐらをかいて座り「70年間平和だった」「戦争しない」「政教分離」などと話していた。「君死にたもうことなかれ」と、与謝野晶子の詩の一節を口にした後、火を付けたという。

どこか戦前と似てきています。
上記事件が、全く報道されなくなっているのが、言論封殺の準備を感じます。
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池田大作氏と平和、そして創価学会について 

最近、諸雑誌などで、悪く言われることが増えてきた池田大作先生ですが、(安倍周辺・アメリカの差し金でしょうが)
創価学会について、個人的に感心したことがありましたので書いておきます。

というのも、今年の1月28日、全国地方各紙で、創価学会が、全面広告で核廃絶と平和を求める旨の意見広告を出していたからです。

(これだけの資金を使う意思決定やその時期からすると、池田大作さんの意図、号令があったものと推測されます。安倍政権を批判していると考えます。
そこのところ、山口 那津男代表はちゃんと理解しているのか、山口さん、池田さんとは別の右タカ路線に行っているように見えます。安倍さんを批判するとき、顔が笑ってますから。あの様子では、きっと集団的自衛権等々、じゃんじゃん認めます。山口さん、顔も小泉純一郎に似てきたような。)

池田さんについて、インターネット等を見ていると、見ようによっては、こんなにある意味ステレオタイプに批判されるのもかわいそうだなと思います。

個人的には、池田先生は、周恩来などと交友を深め、日中友好、世界へ平和へのかけはしを造っていった人ですし、ありがたい功績を残された面もある方だと思いますが。
どうも庶民は、権力者・責任者に対する愛が足りなさすぎです。
マイノリティー支配というのはあるでしょうが、だからって相手と話さず、出自や肩書きで一方的な批判していては、単なるいじめになります。

創価学会、たしかに、その中興期などに、やや強引な勧誘等もあったことは否めません。

でも、ただ、「なんでもやっていい自由」が刷り込まれた戦後の日本人の中で、
何かに向かって意識的に進む人々を、かなりの人数育てたという功績はあるのではないかと思います。
彼らの多くは、一般的日本人より、政治・福祉に関心はあったと思いますし。
自公連立以降、中道から右に少し寄った感はありますが、戦後一貫して平和主義を掲げています。
安倍政権がああまで進める以上、組織の安定のためにも、これからは自民党と距離を置くべきかもしれません。
じゃないとそのままやっちゃいますから。安倍さん。

何にせよ、一生懸命人々の平和や福祉のために、がんばっている人を、安易に、あの組織のトップだから、朝鮮系だから(などという噂)で批判するのはよくないと思います。
人を対話もせず貶めてますから。一方的でアンフェアです。

誰だって人間で、逆の立場なら、それなりの苦労を抱えいるものだと思います。
向こうは向こうで、自民と連立される中、心、信仰の葛藤もあり、大変だったと思います。

一緒に書いていいのか分かりませんが、
これまた最近、やたら批判の的に上がる徳田虎雄さんなどもすごい人だと思います。
(個人的には、この動きは、TPPがらみの外資医療の日本進出阻止と関係あると思います。
恐らく徳田さん達のグループはTPPに猛烈に反対したんだと思います。「混合医療など認めたら、医療費もバカ高くなり『誰でも受けられる医療』に反するから」と。)


徳田先生、体は不自由でも、目力に情熱的な愛情を感じます。すごい人物です。
医者ってすごいなと思います。激務の中、人の命のためにがんばり続けるわけですから。
あの方(徳田虎雄さん)が、日本の医療を、地方まで普及させた功績はとても大きなものがあると思います。
将来、神としてまつられるのではないかなぁ、と。

このように、大目標を掲げ、戦後日本の平和と安定、医療の普及をを進めてきた方々、すごいなと思います。
意外と、日本国民は知らずにその恩恵にあずかってきたのかなと考えたりもします。

・・・と、少し前置きでしたが、池田大作氏の、平和に対する基本的な思いを示しておきます。

あの方も、本を見ると、兄を戦争でなくしたり、空襲の被害に遭ったり、母子が焼夷弾の被害に遭うさまを描いていたりと、戦争で相当な苦労・悲劇を見てきています。
(ほんとに、悲惨です。上空から一方的な焼夷弾を浴びせる米軍の無差別攻撃など含め。)

創価学会初代会長 牧口恒三郎も、戦時中、神道・天皇崇拝に異を唱え、獄中で衰弱死しています。

本人の戦争体験もあって、池田さんは下記のような言葉を残していると思われます。
人間、自分の経験で得た心の通りに動くものです。

池田氏は著作「人間革命」の冒頭で、
戦争ほど、残酷なものはない。
戦争ほど、悲惨なものはない。
愚かな指導者たちにひきいられた国民もまた、非常に哀れである。

と述べています。


教団がずっと訴えてきたように、戦争はほんとうに悲惨なものです。
生き残った人々も、亡くなった者のことを思い出し、一生引きずります。

急に、親しかった、愛していた者が目の前からいなくなるのです。
戦争の悲惨さはそこにあります。
また、戦後、食事・寝る場所等を求め生き抜くのも、死ぬ以上に大変だったとも言われます。
あまり見られませんが、日本の終戦直後の写真は、孤児がたくさんいたり、家がなくて寝てたり、
戦争から帰還したものの、手足のない人が多くいたり、悲惨です。

ところでこの「人間革命」の執筆は、沖縄で始められたそうです。
沖縄であの人に何か降りたのかもしれません。
「1964年(昭和39年)のことです。日本で唯一の地上戦を経験した沖縄。戦争の悲惨さを、いやというほど味わった地から、平和と幸福の波を起こしていこうとの決意からでした。」と書いています。

「1993年(平成5年)から、続編となる小説『新・人間革命』を執筆。
現在も、聖教新聞紙上で連載中です。同書の冒頭に池田は、

平和ほど、尊きものはない。
平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない

とつづっています。


人間というのは、自分の経験・苦労から、「これはいい、これはいけない」と自戒も含めて思い、それを求めて生き続けていくものなんだなと思います。

そこで、石垣市長選挙の話にもなってなんですが、

ぜひ、石垣市の創価学会信徒の方々にも、そうでない人々にも、この祖先、先達からの教訓である、「反戦・平和への思い、大切さ」を大事にしていってほしいと思います。自らの信仰も。会長が大切にしてきた理念も。

「同じ過ちを繰り返さない」ことが、自分の祖先・親など、命を苦労してつないでくれた者の経験を重んじ、敬うことになると思いますので。
今度の選挙は、口先の「平和」にだまされずに、本当に平和を実現できそうな人はだれかをしっかり見極めてほしいです。大切な市民の権利の根本である選挙の秘密は守られていますから、どちらにせよ、自分の心にそって入れてほしいと思います。
とにかく信仰者としてのプライド持って、自分をごまかさず生きてほしいと思います。

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