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日月神事の深い言葉について その1!

時々紹介しています、日月神事で、日々の営みや、人間の地上での役割について、深い記述がありましたので示します。

ひふみ神示これのカスタマーレビューを見るだけでもどんな本かイメージつかめると思います。岡本天明氏が自動書記した神示です。

これには国常立尊という、非常に格が高い神さまが出ます。地球などはこの神さまが造ったそうです。
格の高い神示ほど、何通りにも読め、数字ばかりになることが多いそうで、この神示自体、数通りに解釈して見せてる部分があり、神秘的な力で書かれたと感じられます

前置きでしたが、以下、日月神事より印象深かった言葉を示します。
2,3回でも繰り返して読めば、心向きが清められるようです。

ひふみ神示」より

御用うれしくなりたら神の心に近づいたぞ、手は手の役、うれしかろうがな、足は足の役、うれしかろうがな、足はいつまでも足ぞ、手はいつまでも手ぞ、それがまことの姿ぞ、逆立して手が足の代わりしてゐたからよく分かりたであろうがな。


臣民に分かるようにいふなれば、身も心も神のものざから、毎日毎日神から頂いたものと思えばよいのであるぞ。
それでその身体(からだ)をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが、夜になれば眠ったときは神にお返ししてゐるのざと思へ、それでよく分かるであろうが。
御魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預かりしてゐる、神のもっとも尊いとことしてお扱いすることぞ。

船頭どの、苦しいときの神頼みでもよいぞ、神まつりて呉れよ、神にまつわりて呉れよ、神はそれを待ってゐるのざぞ。それでも(苦しいときの神頼みを)せぬよりはましぞ、そこに光あらはれるぞ。光現れると道はハッキリと判りて来るのぞ、この方にだまされたと思うて、言ふ通りにして見なされ、自分でもビックリするように結構が出来てるのにビックリするのざぞ。

仕事は行であるから務めに勤めた上にも精出して呉れよ。それがまことの行であるぞ。
滝に打たれ断食する様な行は幽界(がいこく)の行ぞ。神の国のお土踏み、神国の光いきして、神国から生れる食物頂きて、神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬのざぞ。此の事よく心得よ。

つらいなれど、がまんせよ。ゆめゆめ利功出すでないぞ。判りたか。
百姓にもなれ、大工にもなれ、絵描にもなれ。何にでもなれる様にしてあるではないか。役員も同様ぞ。まどゐつくるでないぞ、金とるでないぞ。神に供へられたものはみな分けて、喜ばしてやれと申してあろうが。この方喜ぶこと好きぞ。好きのこと栄えるぞ。いや栄えるぞ。信者つくるでないぞ。道伝へなならんぞ。取違へせん様に慢心せん様に、生れ赤児の心で神示読めよ。

悪神如何様にも変化るから、悪に玩具にされてゐる臣民人民可哀想なから此の神示読んで言霊高く読み上げて悪のキ断ちてくだされよ。
未だ未だ忙しくなって神示読む間もない様になってくるのざからくどう申してゐるのざぞ、悪魔に邪魔されて神示読む気力も無くなる臣民たくさん出て来るのざからくどう申しているのざ。

起きたらその日の命頂いたのざぞ。感謝せよ、大親(祖先)に感謝、親に感謝せよ、感謝すれば、その日の仕事与えられるぞ。
仕事とは嘉事(よこと)であるぞ、持ち切れぬほどの仕事与えられるぞ。仕事は命ざぞ。仕事喜んで仕え奉れ。我出すと曇り出るぞ。曇ると仕事わからなくなるぞ。腹減ったらおせよ(食せよ)。二分は大親に臣民腹八分でよいぞ。人民食べるだけは与えてあるぞ。

無理することは曲がることざぞ。無理と申して我儘無理ではないぞ。逆行くこと(を)無理と申すのざ。

只(ただ)で与えるほう方法あるではないか、働かんもの食ふべからずと申すこと理屈じゃ、理屈は悪じゃ、悪魔じゃ、働かんものにもドシドシ与へてとらせよ、与える方法あるではないか。
何もかも与えぱなしぢゃ、其処に神の政治始まるのじゃぞ、神の経済あるのぢゃ。人民のそろばんでは木の葉一枚も割り出せないであろうが、
仕事させて呉れと申して、人民喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、皆々神の子じゃ、神の魂植えつけてあるのぢゃ、長い目でみてやれ、おしみなく与へるうちに人民元の姿あらはれるぞ。

悪いことは陰口せずに親切に気付け合って仲良う結構ぞ、陰口世をけがし、己けがすのざぞ、

神の御用ざと申して仕事休んで狂人のまねに落ちるでないぞ、静かに一歩々々進めよ、急がば廻れよ、一足飛びに二階には上がれんぞ、今の仕事悪いと知りつつするは尚悪いぞ、四五十(しごと)、四五十と神に祈れよ。祈れば四五十与えられるぞ、祈れ祈れとくどう申してあろうが、よき心よき仕事生むぞ、嘉事うむぞ

自分はよいが、世の中が悪いのじゃと申しているが、その自分省みよ。
自分が神の理(みち)にあり、真実であるならば、世の中は悪くないぞ。輝いているぞ。自分に降りかかってくる一切のものは最善のものと思へ。
如何なる悪いこともそれは最善のものであるぞ。この道理よくわきまへて下されよ。真の神を理解すれば、一切の幸福得られるのじゃ。世を呪ふことは自分を呪ふことぞ。十のもの受けるには十の努力。

むやみに腹が立ったり、悲しくなったり、くやしくなったりするのは、まだめぐりがあるからぢゃ。
めぐりの霊界との因縁が切れて居らぬからぢゃ。
愛は養わねばならん。夫婦はいのちがけで、お互いにきづき合わねばならんぞ。夫婦愛はあるのではない。築き上げねばならんぞ。生み出すのぢゃ。つくり出すのぢゃ。そこに尊さあるぞ。喜びあるぞ。左には宗教、右には芸術。

一足飛びにはいかん。一歩々々と申してあろう。一度に神を知りたいと申してもさうは行かん。
一年生からぢゃ。出直しで直し。子供に大学のことは判らん。十貫の荷物はかつげん道理。
進むには、それ相当の苦労と努力いるぞ。あぐらかいて、ふところに手してゐては出来ん。
時もいるぞ、金もいるぞ。汗もいるぞ。血もいるぞ。涙もいるぞ。よいもの程値が高い。

今を元とし自分をもととして善ぢゃ悪ぢゃと申してはならん。よき人民苦しみ、悪い人民楽している。神も仏もないのぢゃと申してゐるが、それは人民の近目ぞ。一方的の見方ぞ。長い目で見よと申してあろうが。永遠のことわりわきまへよと申してあろうが。支払い窓は金くれるところ、預け口は金とるところ。同じ銀行でも部分的には逆さのことしているではないか。全体と永遠をみねばものごとは判らんぞ。


長くなりましたので、続きは次回に書きます。
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